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読書週間だそうですが、最近読んだ下記の本の〔俳諧は花の街道〕の項に「蓮の花」(82〜85ページ)の章がありました。少々長いですが紹介します。筆者は一茶の研究家のようです。
伊藤晃著『小説・信濃の一茶のいる風景─「花」の面影のほとり』(2008年 講談社出版サービスセンター)
17 蓮の花
さわやかな水音に誘われて、一句できた。
せゝなきの樋(とい)の口迄蓮の花
音ともいえない音の、「瀬々鳴き」(せせらぎ)が、情趣深い。花は紅白、蓮池を一巡してくると、番屋の文蔵老夫婦が酒の支度をして待っていた。
「いやいや、見事な花の苑。蓮もいいね」
信濃の一茶は、感動を大きな声にした。月船(げっせん)は、ただ笑っている。
降りはじめたばかりで、まだあまり濡れていない一茶と月船の傘を、迎えた文蔵が受け取ってすぼめる。
「さァ、どうぞこちらへ」
用意の小座敷へと二人を導くには文蔵の女房で、そこからも蓮池が一望できる。
「ま、こんなところで一杯やるのも、たまにはよござんしょう」
もてなす月船の顔は、丸くにこにこ光っていた。二人は同年輩で、気心が会う。
「それにしても豪勢なもんだね、月船どん。花見のできる蓮池をもっているなんて、そうざらにあることじゃない」
かねて聞いてはいたのだが、実地にみて、一茶は心底感心した。「番人付きの池」と言おうとして、文蔵の手前慎んだ。夫婦はここに、寝泊まりの家まで与えられている。
座に落ち着くと月船は、また池づくりの苦労話をした。それが面白い。
「七年かかりましたね。田圃を買って、掘り抜き井戸を掘って、土手を築いて、垣を結い、蓮根を植え、また蓮根を植え……。しかし、時に花見のお客さんは押し寄せても、茶代も置いて行かないようで……。
月船は愉快そうに笑った。むろん、「茶代」は冗談である。そして、付け加えた。
「文蔵どんが、はじめからよくやってくれました。おつねさんも……」
一茶の胸には、また一句浮かんだ。
けふもけふも茶をたふされつ蓮の花
使用人を呼んで「どん」「さん」とする月船に、一茶はあらためて敬意を覚えた。下総布川の廻船問屋、豪商伊勢屋善兵衛こと古田月船の人柄、そして商売繁盛の花が咲く根っ子のところを、ゆくりなくも見せてもらったような気がした。「おつねさん」は文蔵の女房の名である。
その「おつねさん」のお酌で、真昼の小宴は進んだ。蓮の花の香に包まれて、これは極楽のようである。
「池の水がゆっくり西へ流れていたのは、東の端にあった掘り抜き井戸のせいなんだね。落ち口では音立てて、せせらぎになっていたっけ」
一茶は「せせなき」の句の情景を思い浮かべて、雨の向こうを振り返る。
「ああ、あの流れの具合も、毎日文蔵どんがみてくれています」
「文字通り花守だね」
顧みると当の文蔵は、盃を手にして小さくなっている。
「花守 ─ はよかった。宗匠。たしかに花守ですよ。この人たちは」
言われて、「花守」がわかったのかどうか、ぎこちなく月船に酌をして、「おつねさん」ばかりがにっこりした。若いころの魅力を偲ばせるものが、なお女の口元に漂う。
「実はね、宗匠。 この二人には、本当にお花ちゃんという愛娘がいたんだよ」
月船は急に、そんなことを言い出した。
「だ、旦那様。そ、それは……」
慌てて、月船を拝むようにした。止めてくれというのである。
「そうかそうか、わかった─」
すぐ月船も話を止めた。隠された事情の深さを思わせて、心なしか文蔵の顔色が変わったように見えた。
河岸の伊勢屋の本宅に帰って、一茶は月船から聞いた。文蔵夫婦の一人娘の「お花ちゃん」が、二十年も前の金比羅様の祭礼の晩、人掠いに掠われたとは表の話で、実は地方(どさ)回りの若い旅役者と駆け落ちして、今はどこか他国で暮らしているらしいということを。田舎には、よくある話である。
日記を兼ねた『享和句帖』を書きはじめて二日目、享和三年四月十二日、一茶は布川辺にいた。蓮の句四句を連ねる。
十二日 雨
せゝなきの樋(とい)の口迄蓮の花
二日ぶり夜は明けにけり蓮の花
蓮の香をうしろにしたり岡の家
けふもけふも茶をたふされつ蓮の花
なお、古田月船の次の句は有名である。
花守が余所(よそ)の花見る月夜かな 月船
写真は紅白の蓮の花咲く蓮池です。埼玉県日高市にて2009年7月。イメージ写真です。
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