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少々長いですが、

 投稿者:三浦功大  投稿日:2009年10月30日(金)18時03分16秒
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  読書週間だそうですが、最近読んだ下記の本の〔俳諧は花の街道〕の項に「蓮の花」(82〜85ページ)の章がありました。少々長いですが紹介します。筆者は一茶の研究家のようです。
 伊藤晃著『小説・信濃の一茶のいる風景─「花」の面影のほとり』(2008年  講談社出版サービスセンター)

17 蓮の花
 さわやかな水音に誘われて、一句できた。
   せゝなきの樋(とい)の口迄蓮の花
 音ともいえない音の、「瀬々鳴き」(せせらぎ)が、情趣深い。花は紅白、蓮池を一巡してくると、番屋の文蔵老夫婦が酒の支度をして待っていた。
 「いやいや、見事な花の苑。蓮もいいね」
 信濃の一茶は、感動を大きな声にした。月船(げっせん)は、ただ笑っている。
 降りはじめたばかりで、まだあまり濡れていない一茶と月船の傘を、迎えた文蔵が受け取ってすぼめる。
 「さァ、どうぞこちらへ」
 用意の小座敷へと二人を導くには文蔵の女房で、そこからも蓮池が一望できる。
 「ま、こんなところで一杯やるのも、たまにはよござんしょう」
 もてなす月船の顔は、丸くにこにこ光っていた。二人は同年輩で、気心が会う。
 「それにしても豪勢なもんだね、月船どん。花見のできる蓮池をもっているなんて、そうざらにあることじゃない」
 かねて聞いてはいたのだが、実地にみて、一茶は心底感心した。「番人付きの池」と言おうとして、文蔵の手前慎んだ。夫婦はここに、寝泊まりの家まで与えられている。
 座に落ち着くと月船は、また池づくりの苦労話をした。それが面白い。
 「七年かかりましたね。田圃を買って、掘り抜き井戸を掘って、土手を築いて、垣を結い、蓮根を植え、また蓮根を植え……。しかし、時に花見のお客さんは押し寄せても、茶代も置いて行かないようで……。
 月船は愉快そうに笑った。むろん、「茶代」は冗談である。そして、付け加えた。
 「文蔵どんが、はじめからよくやってくれました。おつねさんも……」
 一茶の胸には、また一句浮かんだ。
   けふもけふも茶をたふされつ蓮の花
 使用人を呼んで「どん」「さん」とする月船に、一茶はあらためて敬意を覚えた。下総布川の廻船問屋、豪商伊勢屋善兵衛こと古田月船の人柄、そして商売繁盛の花が咲く根っ子のところを、ゆくりなくも見せてもらったような気がした。「おつねさん」は文蔵の女房の名である。
 その「おつねさん」のお酌で、真昼の小宴は進んだ。蓮の花の香に包まれて、これは極楽のようである。
 「池の水がゆっくり西へ流れていたのは、東の端にあった掘り抜き井戸のせいなんだね。落ち口では音立てて、せせらぎになっていたっけ」
 一茶は「せせなき」の句の情景を思い浮かべて、雨の向こうを振り返る。
 「ああ、あの流れの具合も、毎日文蔵どんがみてくれています」
 「文字通り花守だね」
 顧みると当の文蔵は、盃を手にして小さくなっている。
 「花守 ─ はよかった。宗匠。たしかに花守ですよ。この人たちは」
 言われて、「花守」がわかったのかどうか、ぎこちなく月船に酌をして、「おつねさん」ばかりがにっこりした。若いころの魅力を偲ばせるものが、なお女の口元に漂う。
 「実はね、宗匠。 この二人には、本当にお花ちゃんという愛娘がいたんだよ」
 月船は急に、そんなことを言い出した。
 「だ、旦那様。そ、それは……」
 慌てて、月船を拝むようにした。止めてくれというのである。
 「そうかそうか、わかった─」
 すぐ月船も話を止めた。隠された事情の深さを思わせて、心なしか文蔵の顔色が変わったように見えた。
 河岸の伊勢屋の本宅に帰って、一茶は月船から聞いた。文蔵夫婦の一人娘の「お花ちゃん」が、二十年も前の金比羅様の祭礼の晩、人掠いに掠われたとは表の話で、実は地方(どさ)回りの若い旅役者と駆け落ちして、今はどこか他国で暮らしているらしいということを。田舎には、よくある話である。
 日記を兼ねた『享和句帖』を書きはじめて二日目、享和三年四月十二日、一茶は布川辺にいた。蓮の句四句を連ねる。
 十二日 雨
   せゝなきの樋(とい)の口迄蓮の花
   二日ぶり夜は明けにけり蓮の花
   蓮の香をうしろにしたり岡の家
   けふもけふも茶をたふされつ蓮の花
 なお、古田月船の次の句は有名である。
   花守が余所(よそ)の花見る月夜かな    月船

 写真は紅白の蓮の花咲く蓮池です。埼玉県日高市にて2009年7月。イメージ写真です。
 
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